【誌上レポート】数理システム MSIISM Conference 2025

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ーーー 「生成 AI は世の中を変えたのか 業務×技術の再評価と新設計」ーーー

NTTデータ数理システムは、創立以来 40 年以上にわたり、数理科学技術のビジネス活用に取り組んできました。いわゆる「AI」も、数理科学技術の一分野として位置付けられるものです。

そんなNTTデータ数理システムが主催する形で、今年も MSIISM Conference 2025 が 10 月 24 日に五反田の CITY HALL & GALLERY GOTANDA で開催されました。生成 AI 技術や数理科学技術を組み合わせてビジネス価値を生み出したり、これらの技術に関心を寄せて日々情報収集に励んだりしている者が一同に集うカンファレンスです。

近年、生成 AI を扱ったカンファレンスはあちこちで開催されていますが、MSIISM Conference には、やはり数理システムならではの視点が随所に見られました! それは、


生成 AI による価値創出を、数理科学技術が支える!


という視点です。

それが一体どういうことなのか、本レポートでは、MSIISM Conference 2025 の講演内容を一部紹介しながら、読者の皆さんにお伝えしていきます。

目次

  • 特別公演:AI で価値創造を再設計する時代へ
  • 基調講演:生成 AI の再評価と数理科学
  • 午後の講演から pick up!:「数理科学の総合格闘技?」 ~現実に真正面から向き合うシミュレーション技術の広がり~
  • ロビー等の活発な議論:生成 AI で価値を生み出す側に回るためには

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特別講演『AI で価値創造を再設計する時代へ』

まずは、株式会社NTTデータ経営研究所の執行役員ビジネスストラテジーコンサルティングユニット長の加藤賢哉氏による特別公演『AI で価値創造を再設計する時代へ』を紹介します!

Agentic AI(自律型エージェント)の台頭

生成 AI は数年前から大きな盛り上がりを見せていますが、今年特に大きな話題になったのは Agentic AI でしょう。2025 年は「Agentic AI 元年」とも呼ばれています。Agentic AI とは、複数のAIエージェントが協力し合い 自律的に、環境を観察し、状況を判断し(Reasoning といいます)、目的に沿って行動するコンピュータプログラムのことです。

これまでの AI(Chat AI/AI Agent) は、人間と 受動的に 対話しながら、文章生成や知識検索などといった特定の個別タスクをこなすような、いわば“何か頼めば応えてくれる優秀なアシスタント”的な存在でした。それだけでも十分に衝撃的でしたが、今後はさらに進化して、複数の AI エージェントが協力し合いながら、自律的にタスクを分解・実行して、業務を遂行していけるようになってきたというのです! 

国内企業における生成 AI 活用・推進の壁と課題

しかしながら、そのような圧倒的な生成 AI の話題性に反して、国内企業での生成 AI 導入目的や活用は「業務の効率化」に留まることが多く、「価値創出」まで到達しているものはごく少数にとどまるようです。

AIに限らず新しいテクノロジーの導入・活用は、効率化・コスト削減から着手されるのは当然ともいえますが、模倣しやすく導入が容易なので他社の追随を許しやすく優位性も一時的となりがちです。一方で、価値創造の取り組みは難易度は高いですが、特に、AIによって生まれた新サービスや新ビジネスモデルは、その企業独自の知見やデータ、生態系によって支えられることが多く、持続的な競争優位を築くことが可能となります。

加藤様講演スライド 国内企業における生成 AI 導入・活用の現在地 生成AIの導入目的(国内企業)

さて、国内企業が生成 AI を活用・推進していく際にぶつかる壁について、加藤氏が抱いている実感は大変興味深いものでした。昨年度までは、生成 AI 活用・推進の課題として、生成 AI の回答の正確性や、生成 AI の使用に伴うリスクを挙げる声が多かったようです。これに対し今年度にはいってからは、有効なユースケースをいかに作るかとか、生成 AI を活用していける人材をいかに育てるかといった相談を受けることが多くなったようです。課題のウェイトが変わってきているのです。「業務の効率化」の域を超えて「価値創出」まで到達したいが、それが難しいと感じる企業が増えてきているということですね。

生成 AI 活用・推進の成功例に学ぶ

それでは、生成 AI の導入によって、価値創出まで到達している企業の成功のポイントを考えてみましょう。

加藤氏は、生成 AI 推進の成功例として、フランスの化粧品メーカーロレアル(L'Oréal)による、Beauty Genius ---「一人ひとりの美」を提供する生成 AI --- を挙げていました。Beauty Genius は、ユーザーに対して、「自分専属の美容コンサル」が 24 時間常についている、という異次元の体験を提供しています。

そして、そんなロレアルの成功のポイントは

  • 部分的なタスクの解決のために生成 AI を使うのではなく、全社を通した "OS" として活用していること
  • 生成 AI を活用した、顧客とユーザーとの価値共創モデルを先取りしていること

にあるようです。人と生成 AI との共創によって、「効率化」にとどまらない「価値創造」に到達しているのです。

加藤様講演スライド 時代の競争軸:AIで価値創造を再設計 ロレアル - 事例からの示唆

加藤氏は、講演の最後に、生成 AI は強力な武器・手段ではあるが、結局は使い手次第であると述べられました。我々人間が、創造するべき価値はなんなのかを常に問い続けていくことが重要だということですね。

基調講演『生成 AI の再評価と数理科学』

続いて、NTTデータ数理システムのシミュレーション & マイニング部のマネージャーにして、上席研究員の伊藤孝太朗氏による基調講演『生成 AI の再評価と数理科学』を紹介します。伊藤氏の講演は、生成 AI による「価値創造」のためには、数理科学の力が重要だと主張するものでした。

まず、伊藤氏も加藤氏と同様に、昨今の生成 AI の盛り上がりに反して、価値創出まで到達している企業は少ないというデータを紹介しています。そして、価値創出まで到達している企業と、そうでない企業の違いについて、以下の説を唱えました。

生成 AI の活用・推進が「価値創出」まで到達できていない企業では、現場の細かい業務アシストにとどまっていて、組織の利益を左右する意思決定まで踏み込めていない

企業の意思決定を支える技術といえば、私たちにとってお馴染みの、データ分析、機械学習、シミュレーション、数理最適化などといった数理科学技術ですね。たとえばリテールテックにおいては、機械学習によって需要予測を行い、その予測に基づいて品揃えを最適化したり、その結論を前方確認シミュレーションしたり......といったように、数理科学技術が縦横無尽に活躍します。

伊藤講演スライド 3種の神器:ビジネス上の使い分けと組み合わせ例

ここで注目したいことは、そもそも、テクノロジーによるイノベーションが意思決定にまで踏み込めないというのは、生成 AI に始まったことではないということです。これまでも、ビッグデータ分析やディープラーニングの爆発的流行が起こったときには、「誰も見ないダッシュボード」「机上で精度検証しただけで放置した異常検知モデル」などと PoC 止まりの壁にぶつかってきました。

伊藤講演スライド “ビッグデータ”から“LLM”まで“数理科学とコンピュータサイエンス”は、常にテクノロジーと意思決定との壁と向き合ってきた。

数理科学技術の強みは、今後時代の流行が移り変わっても、どのような破壊的イノベーションが起こっても、それらのイノベーションを自社の利益に変換するために必要な「普遍的なもの」を体現していることだといえるでしょう。そんな伊藤氏の熱いメッセージとともに、伊藤氏の講演は幕を閉じました。

午後の講演から pick up!:「数理科学の総合格闘技?」 ~現実に真正面から向き合うシミュレーション技術の広がり~

午後にも面白い講演がたくさんありました。今回はその中でも、とくに数理システムらしいと感じたものを pick up します! 株式会社NTTデータ数理システムのシミュレーション&マイニング部 グループリーダー 主任研究員を務める豊岡祥氏による講演『「数理科学の総合格闘技?」 ~現実に真正面から向き合うシミュレーション技術の広がり~』です。

伊藤氏の講演でも語られた通り、数理科学技術は、生成 AI による価値創出を支えるものです。それは、イノベーションに対応するのに必要な「普遍的なもの」を体現しているからです。一体なぜ、数理科学にはそのような力があるのでしょうか!? 豊岡氏の講演からは、そのヒントが見て取れました。

豊岡氏は、とくにシミュレーション技術について説明していました。シミュレーションを使う目的は、代表的なものとしては「出力を最適にする入力を知る」ことが挙げられます。抽象的でわかりにくいと感じる方もいるかもしれませんが、この抽象的な表現こそが数理科学の強みなのです! 現実世界にはさまざまな問題がありますが、それらを数理科学の言葉を使ってモデル化すると、同じ構造を持つ抽象的な問題として表現できることが多々あります。豊岡氏は、「出力を最適にする入力を知る」ことを目的としたシミュレーションの問題例を 3 つ紹介していました。

半導体生産ラインシミュレーション → 設備投資最適化

交通シミュレーション → 信号制御最適化

構内物流シミュレーション → AGVの運用最適化

全く異なる分野の問題が同じ技術で解決できる --- この圧倒的な汎用性こそが、数理科学技術の真髄です。伊藤氏が基調講演で述べられた、イノベーションを自社の利益に変換するために必要な「普遍的なもの」とは、まさに数理科学技術に他ならないのだと確信できました。

ロビー等での活発な議論:生成 AI で価値を生み出す側に回るためには

昨年と同様、ロビーでの議論も大変活発でした! 特に今年は、エントランスロビーで、NTTデータ数理システム社員によるプレゼンテーションも行い、立ち見が出るほどの大盛況となりました。皆がそれぞれに生成 AI の現状の限界と、生成 AI による価値創出について盛んに議論していました。

ロビーでのミニプレゼンテーション

一方、生成 AI の盛り上がりに反して、生成 AI による価値創出まで到達している企業は決して多くはないという実情があります。生成 AI を生かすも殺すも、使い手次第だということなのでしょう。

生成 AI ブームの中で、「自分の仕事が奪われてしまうのではないか」と不安を抱える方もいるかもしれません。しかしながら、生成 AI を遠ざけるのではなく、むしろ我々一人ひとりが、生成 AI との共創をともに考えていくことによって、大きな価値を創出できるのかもしれません。そして、そのためには、数理科学技術が大きな支えになることでしょう。

大槻 兼資
大槻 兼資 株式会社 NTTデータ数理システム 顧問
NTTデータ数理システムに入社し、数理計画部で数理最適化を活用する業務のかたわらで、Qiitaなどでアルゴリズム・競技プログラミングなどの解説記事を執筆し人気を集める。
現在は顧問となり、数理工学・コンピュータ科学のエバンジェリスト活動・執筆活動で活躍。
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