早稲田大学 理工学術院 創造理工学部 蓮池 隆 様 マルチエージェントシミュレーションモデルによる観光地の混雑緩和分析事例

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何万の人のインタラクションも S-Quattro なら表現できる

マルチエージェントシミュレーションモデルによる観光地の混雑緩和分析事例

2023年4月 4日 10:00

オペレーションズ・リサーチの専門家である早稲田大学 創造理工学部 蓮池隆教授。近年は観光業や農業など研究テーマの広がりとともに、数理最適化以外にもシミュレーションの手法を研究に取り入れている。実効性の高い施策立案や意思決定を支援する最新の研究について、さらに、研究室の学生も自在に使いこなしているという S4 Simulation System(以下、S-Quattro)について伺った。

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Profile:蓮池 隆 教授
2009年、大阪大学大学院 情報科学研究科 情報数理学専攻 博士後期課程修了、博士(情報科学)。同大学大学院助教を経て、2015年、早稲田大学理工学術院創造理工学部経営システム工学科、計画数理学研究室准教授。2021年、教授。観光満足度向上のための意思決定支援システムの開発、意思決定支援のための感情・感性に対する客観的数理モデリングなど、最適化・意思決定に関わる研究を行っている。日本オペレーションズ・リサーチ学会、日本経営工学会、システム制御情報学会等に所属、IEEEメンバー。

早稲田大学 理工学術院
創造理工学部 経営システム工学科
蓮池 隆 教授

与える情報で、人の流れはどのように変わるか

京都観光スポットの混雑状況を S-Quattro でシミュレーションされたそうですね。

蓮池 清水寺や八坂神社など人気観光スポットが密集している京都市東山区では、コロナ禍以前は多いときで1日6万人もの観光者が集まり、観光待ち時間が発生していました。アフターコロナで密の緩和が求められる中、観光需要の持ち直しでこれまで以上の混雑も予想されます。そこで、どんな情報を観光者に提供したら集中が緩和され、待ち時間の削減につながるか、情報提供の違いによる混雑緩和状況をシミュレーションしたのです。各観光者をエージェントとして、歩くスピードや視野半径などの初期設定を行い、観光スポットの収容人数、平均観光時間などのパラメータを設定、さらに観光客が次にどのスポットを確率的に選択するかというロジットモデルを作成。その上で、観光者にどのような情報を与えるか6種類の施策シナリオをつくり、閑散状態(観光客2万人)・通常状態(同4万人)・混雑状態(同6万人)の3つの状況でシミュレーションしました。

どのような結果が出たのでしょうか。

蓮池 ロジットモデルに距離を組み込む以外に、観光者に与える情報として、観光スポットの滞在人数(施策1)のほか、待ち時間(施策2)、混雑率(施策3)、混雑がどのくらいの時間続いているかを示す時空間負荷率(施策4)、さらに待ち時間と混雑率の2つ(施策5)、待ち時間と時空間負荷率の2つ(施策6)を設定しました。どの施策も概ね効果が認められましたが、最も有効な結果が得られたのは施策5でした。
観光スポットの混雑分散や待ち時間削減を促すために観光者に与える情報量としては、施策1や2は足りないようです。施策4や5まで情報が増えると効果が最大化してきますが、それ以上となる施策6は逆に効果は減退しました。施策6は待ち時間と滞在時間という、時間に関する2つの概念が表示されるため、観光者にとっては逆に判断しにくくなると考えられます。この結果から、多くの情報を提供することが必ずしも得策ではなく、適切な情報に絞ることが重要だとわかります。

この研究は、観光者の人流をコントロールするための施策シミュレーションです。ほかに、観光客が過剰に増加して地域に悪影響を与えるオーバーツーリズムを防ぐのに、どういう措置を行ったらいいかという研究もあります。また、テーマパークで配付されるアトラクションの優先搭乗券について、どのように配布すると来場者の待ち時間の短縮や満足度の向上につながるかという研究もあります。このように我々の研究では、問題解決のための要因をさらに深掘りする手法としてシミュレーションを多く活用しています。

このような分析には、やはりシミュレーションが適していますか。

蓮池 今回の研究のように広いエリアで、何万人規模の人がインタラクションしながら動く状況を分析する場合、シミュレーションは第一に選ばれるべき手法といえます。さらに観光者の動きのように、時系列的に相互に関係したり変化していく様子の表現にも最適です。シミュレーション以外に、数理モデルによる最適化計算で現象を表現・分析する手法がありますが、これは人数や選択肢がある程度限られている場合に適しています。

数理モデルによる分析もご専門でいらっしゃいますね。

蓮池 私はもともと数学系の研究がしたくて大学に入り、そこで金融工学のリスク管理や投資戦略などを研究してきました。将来の不確実性を考慮しながら、何にどれだけ投資して利益を最大化するかというテーマです。あるときそれは農業にも当てはまると気づき、天候や気温、消費者の嗜好などの変化に対応しながら、どの作物を育て市場に送るか、課題と解決策の探求を行っています。さらに行き着いたのが、観光業です。新型コロナのリスクを回避しながら、観光者・観光施設・地元の人たちが Win-Win の関係になるにはどうしたらいいか。定性的ではない定量的、科学的な根拠に基づき施策を展開したいと考えています。
当初、私は数理モデルを使った最適化計算で研究を進めていましたが、研究領域が広がるにつれて新しい分析手法にもチャレンジしたいと思うようになりました。また現在所属している経営システム工学科は実社会の問題解決につながる研究が大きなテーマで、そのためには人々の動きや変化を詳細に確認する必要があります。こうしたことから分析手法にシミュレーションも使うようになり、そのためのツールとしてS-Quattro導入に至りました。

すぐにシミュレーションにとりかかれ、時間を有効に使える

S-Quattro は、研究室で学生たちも使いこなしていると聞きました。

蓮池 私が研究を始めたときからNTTデータ数理システムの最適化ツールを使っており、シミュレーションツールである S-Quattro も知っていました。小規模のシミュレーションであれば自分でプログラムを書くこともできますが、我々がやっているような大規模なシミュレーションや、結果を可視化して人の動きを見たいときなどは S-Quattro が欠かせません。効率的にシミュレーションモデルを構築でき、シミュレーションの実作業にすぐにとりかかれるから、考察や分析など本来の研究のために時間を有効に使えます。
いま私の研究室では、S-Quattro を学生たちだけで利用することが多くなっています。導入して7年になりますが、その間、代々の学生たちの間で活用スキルが磨かれ、継承されています。S-Quattro はそもそも使いやすく、プロトタイプ作成なども容易にできます。そこからカスタマイズしたり、Python で作り込んだりするには知識やスキルが必要ですが、それらは先輩の学生が後輩に教えています。そのように学生たち自身でシミュレーションを行い、成果をまとめ発表しています。冒頭にご紹介した研究もそのひとつです。

今後、どのような研究を進めたいとお考えですか。

蓮池 投資に始まり農業、観光と、私は意思決定や施策立案に資することを目的に分析や研究を行ってきました。ただ、人間はデータや分析に基づく合理的な判断ではなく、自分の信念やそのときの気持ちで物事を決めることがあります。何に投資するか、どんな農作物を作るか、観光地でどんな行動をとるか、すべて同様です。そういう人間の心理を数学的に表現する手法はあるのですが、私はそれをさらに進め、人間の心理的要因を組み入れた意思決定のプロセスを構築できないだろうかと考えています。例えば、複数の利害関係者がいる事案で意思決定が求められたとき、関係者に投げかける第一案をどうするか。全員が興味を持ち、その後の筋道が立てやすく、合意形成が取れるようにするにはどういう情報を与えるとよいか。これらを形にしていきたいと考えています。今後の研究にあたっても、NTTデータ数理システムのサポートに期待しています。

おわりに

今回は、誰でも簡単に複雑なモデルをGUI上で表現しシミュレーションを行なえる汎用シミュレーションシステム「S4 Simulation System」を活用していただいた事例についてご紹介しました。 シミュレーションを活用した課題解決や S4 について、少しでも興味をお持ちいただけたでしょうか?製品について詳しく知りたい方は、S4のページをご覧ください。製品紹介のオンラインウェビナーも定期的に開催しております。

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また、弊社NTTデータ数理システムでは、長年培ってきた数理科学の技術を基に、お客様のご要望に合わせた受託開発を承っております。「データはあるから何となく何かをやりたい…」というきっかけでも大丈夫です。お客様が解きたい課題を弊社技術スタッフが一緒に課題整理を行いながら、ご要望に合わせたご利用形態で課題解決をサポートします! ぜひお気軽にお問い合わせ、ご相談いただけると幸いです。

監修:株式会社NTTデータ数理システム 機械学習、統計解析、数理計画、シミュレーションなどの数理科学を 背景とした技術を活用し、業種・テーマを問わず幅広く仕事をしています。
http://www.msi.co.jp NTTデータ数理システムができること
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