データを課題解決に活かす ~「因果」に着目してデータ分析を学ぶ~

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本記事は株式会社NTTデータ経営研究所と株式会社NTTデータ数理システム共同で作成して双方のページにて掲載しております。

NTTデータ経営研究所山口重樹社長、そして、産業技術総合研究所の本村陽一先生に、因果と価値構造のモデル化というテーマでお話をお伺いする機会をいただきました。
データ分析において「相関」は明らかですが、実は、その裏にある「因果」を探ることが重要です。特にビジネスの現場で価値を創出するには、「因果」に注目して本質をつかむことが不可欠です。様々な事象間の因果関係を可視化する「ベイジアンネットワーク」というモデルに触れながら、因果推論とビジネスへの活用についてお伺いします。

(左)株式会社NTTデータ経営研究所 代表取締役社長 山口重樹 様
(中央)国立研究開発法人 産業技術総合研究所 人工知能研究センター 首席研究員 本村陽一 様
(右)ファシリテーター 株式会社NTTデータ数理システム 取締役 小木しのぶ

Profile:山口 重樹 様
株式会社NTTデータのコンサルティング&マーケティング本部長、ITサービスペイメント事業本部長、取締役常務執行役員、代表取締役副社長を経て、現在は顧問。株式会社NTTデータ経営研究所および株式会社クニエ代表取締役社長を務める。経営戦略にテクノロジーを生かす独自のコンサルティングメソッドの策定・普及、社員の意識改革活動を積極的に推進し、数々の書籍を執筆。ビジネスリーダーのデジタル変革を支援する。
Profile:本村 陽一 様
国立研究開発法人産業技術総合研究所にて、長く人工知能技術や機械学習、確率モデルの研究、ベイジアンネットワークソフトウェアの開発やその応用技術と社会実装のご研究に携わる。2015年に設立された産業技術総合研究所 人工知能研究センター副センター長を経て、現在は首席研究員ならびに人工知能技術コンソーシアム会長を務める。東京工業大学大学院特定教授、神戸大学客員教授、人工知能学会理事。研究のみならずビジネスへの適用にも積極的に取り組み、AIベンチャーで CTO の経験もあり、企業との共同研究も200件以上の実績を持つ。

AI を活用した Society 5.0 の実現

小木 お二人の昨今の取り組みからお伺いしたいと思います。まずは本村先生、お話しいただけますでしょうか。

本村 私は、産業技術総合研究所の人工知能研究センターで、現在、Society 5.0』[1]のための人工知能技術と社会実装の取り組みを進めています。
産業技術総合研究所の前身である電子技術総合研究所に入所したのが1993年で、ちょうど30年前となります。当時は2回目のAIブーム、また2回目のニューラルネットワークブームでもありました。ただしこの時点では、まだ一般には、いわゆるインターネットやビッグデータの普及が進んでいませんでした。そのため、非常に限られた研究のためのデータで、データ分析技術としてベイジアンネットワークの開発をスタートし、その実証において非常に苦労もしてきました。
その後、インターネットが本格的に普及し、2010年頃からビッグデータという言葉も一般的になりました。その頃、産業技術総合研究所ではサービス工学研究センターという組織で、サービスの研究をするプロジェクトが進んでいました。このなかで、ベイジアンネットワークを使って、実際の小売の現場で ID と紐づいた売上データ、購買履歴データなどから確率モデルを自動的につくる取り組みを実施し、非常に実効性のある結果なども出てきました。
そして今は、AI の本格的な普及に伴い、AI を使うことでデータが履歴として残るというサイクルが始まっています。これらを活用した、本格的な Society 5.0 の実現のための研究プロジェクトを進めているところです。

研究プロジェクトについても簡単に説明します。現在は、ChatGPT などの生成AIが非常に注目を集めています。これは、簡単に言うと、ある入力を与えたときに、極めて期待通りの「もっともらしい」出力が出てくるということです。質問に対して「もっともらしい」回答が出てくるという意味で、この原理は、確率的な計算をすることで「もっともらしさ」を出しているというものです。 これは、中で推論している、つまり実行している計算モデルに特徴があります。

これは世の中で起きていることを取り込んで、起こりやすい現象を生成しているというもので、今、非常に幅広く応用が期待されています。また、この計算モデルには、使えば使うほど、入力とその出力のペアが生まれてくるという相乗効果があります。これによって、さらに実社会で質問と望ましい回答のデータが蓄積され、それを学習することで、AI がさらに実社会を学習するというサイクルの創出も期待されています。

これを、実際の産業で様々な「よい現象」を生み出そうすると、取り込むものは必ずしもテキストだけとは限りません。ビジネス上であれば、例えば自社の業務データなどから「よい現象は何か」を学習することができるならば、ある目の前の場面を現状として入力したときに、望ましい将来像を出力するといった計算モデルがつくられることも期待できるわけです。このように、物事の関係性や実際の社会現象の間にどのようなメカニズムがあるか、それを因果関係とする計算モデルをどのようにつくっていくかということが、非常に重要な課題となっていきます。

現在、そのような取り組みを様々な分野で、データを収集しながら「よい現象」を生むようなプロジェクトを進めているところです。

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デジタルを活用した顧客価値の創造

小木  ありがとうございます。では、山口社長も、現在、取り組まれているテーマや日々考えていらっしゃることなどについて、お聞かせいただけますでしょうか。

山口  私は今、NTTデータ経営研究所とクニエで社長を務めており、主にコンサルティングビジネスに携わっております。
NTTデータ時代も、インフォメーションテクノロジーを使ってお客様の業務をどう変革するか、ということを中心に取り組んでおりましたが、デジタルになるともっと抜本的に、新たなサービスをつくり出すことが可能になってきています。私は、この「デジタルを活用して新たな顧客価値、顧客サービスをどうつくっていくか」ということに大いに関心を持って、そのような方法論をつくったり、お客様とディスカッションをしたり、コンサルティングビジネスを手がけたりしているところです。

デジタルがお客様のビジネスそのものを変えるという事例を一つ、紹介します。損害保険会社の取り組みです。損害保険会社は既に、デジタルを使って損害保険商品の販売を最適化・効率化しています。そして今はさらに、自動車の運転状況のデータをセンサーなどで取得し、適宜、アラームを上げるなどして運転手をサポートするなど、事故が起きない世界をどうつくっていくかという新たなビジネスモデルへと転換してきています。私はこれこそが、デジタルが新たなサービスをつくり出すということではないかと思っています。
そのなかでデータをどう使っていくか。損害保険会社が、センサーから取得するデータを使って新たなサービスを考えているように、デジタルの活用においてデータをどう使うかということは、大変重要なポイントです。これが大きくビジネスを変え、ビジネス価値をつくり出すことになると考えています。

ビッグデータ時代のデータの使い方~データを価値に転換するには〜

小木  山口社長は具体的に今、どのような課題感をお持ちなのでしょうか。

山口  やはり、新たなサービスをつくり出すための「データの使い方」が、一つの課題だと捉えています。
例えば、弊社とスイスのビジネススクール、国際経営開発研究所(IMD)との共同研究で「日本では、ビジネスの意思決定がデータに基づかないで行われている」という調査結果が出てきました。それは、適切な判断がされず、変化や動きが遅くなるということでもあります。やはり、新たなサービスをつくり出し、企業の意思決定をより高度化するにはデータが必要で、データをどうビジネス価値に転換するかが、ビジネス上の大変重要な課題だと思っています。
一方で、私たちのようなコンサルタントが、現状はデータ分析の領域まで深く入り込めていません。これも大きな課題です。

小木  世の中の変化や動きが激しいなかで、素早く対応するにはデータに基づく判断が必要ということですね。本村先生はどのようにお考えですか。

本村  我々は昭和の世代で、振り返ってみると、昭和の頃は変化が比較的少なく、安定していた時代だったと思います。そのような時代には、経験と勘に基づいた意思決定が比較的有効だったこともあるでしょう。しかし、ここまで変化が大きく、またスピードが速くなってくると、やはりリアルタイムの情報に基づいて、今、どう考えるべきか、どうするとリスクやコストを下げられるか。このようなことを、ある種のメカニズムとしてモデル化しておく必要があります。そうすることで、誰でも再現性高く意思決定ができるのではないかと思っております。

山口  まさに、私も先生がおっしゃる通りだと思っています。環境変化が激しいときに、今までの思考パターンで判断をすると、新しいものについていけません。となると、やはりリアルタイムのデータに基づいて判断していくことが、大変重要になるかと思います。
また、今はセンサーで、今まで取れなかったデータもたくさん取れるようになっています。これをどうやってビジネスに生かすかということも重要なテーマです。私が盛んにデータ、データと言うのは、今までは、データを取るのに大変コストがかかり、なかなか取れなかったものが、今はいくらでも取れるようになったからです。この、いくらでも取れるデータをどのように価値に転換するか。ここが、知恵の勝負だと思うのです。したがって、大量にデータが取れる時代のデータ分析のあり方は、かつてのデータが取れなかいなかで全体を推定するという方法とは違う思考が必要なのではないかと思っています。

本村  おっしゃる通りだと思います。今までの統計は、比較的少ないサンプルでより正しい判断ができるようにするという時代背景があり、標本の議論に基づくことが多かったのです。しかし、これは不都合もあって、ある変数と別の変数の間の相関があることはわかっても、本当にそれがリンク関係なのかと言われると、そのデータには入っていない別の成分の影響があることも常に疑われていました。
これがビッグデータの時代になると、幅広く、ほかの影響しているかもしれない変数も中に入ってくるので、その隠れた変数との関係も含めて計算機が探索できる。そのような可能性が生まれてきています。

山口  たくさんのデータを取れるがゆえに、いろいろなデータ分析ができるということですね。ただし、そのデータ分析が相関なのか、因果なのかということを正しく理解しないまま、「相関があるから、この施策を打てば成果がこう出るはずだ」と、あまり意味のないデータ分析と、その分析に基づいた対策が出て来る可能性もあります。そのような懸念から、この相関と因果を分けていくという新しい考え方に、私は大変、関心を持っているところです。

因果関係を表現するモデル~ベイジアンネットワーク〜

小木  ここで「因果」というキーワードが登場してまいりました。昨今、「因果推論」という言葉が、にわかに注目を集めていますが、ここで、「因果推論」とそれを実践するための一つの手段であるベイジアンネットワークについて、私から簡単にご紹介させていただきます。
「因果推論」は、因果関係を推定していくということで、その手段は様々です。因果とは原因と結果の組み合わせであり、その関係が「因果関係」です。例えば、マラソン大会において突然の大雨が降ったとします。そのとき、風邪をひく人がたくさんいたという現象は、「大雨が降る」という現象と「たくさんの人が風邪をひいた」という現象の関係であり、誰もが納得する因果関係です。

この因果関係を表現できる一つの手段がベイジアンネットワークです。ベイジアンネットワークは、データからある程度の構造を見つけることはできますが、「因果」そのものは人が与えます。また、その関係性を影響の向きの矢印で、矢印の根元側の確率が矢印の先の確率に影響する「確率伝搬」という形で表現します。これは、大雨と風邪の影響をベイジアンネットワークで考えた図です。ベイジアンネットワークでは、ある事象が発生したとき、ほかの事象がどうなるかを推論することができます。

この図では、大雨に関係なく、マラソン大会で風邪をひく人の確率が10%で、大雨が降った際に、風邪をひく人が50%になったという場合、「大雨が降った際には、風邪をひく人が50%に上がる」ということがモデル化できます。
また、ここでは大雨が降った際に風邪をひきましたが、逆の推論も可能なことがベイジアンネットワークの特徴です。つまり、風邪をひいた人の確率がある程度わかれば、大雨が降ったかどうかの推論もできるということです。確定させる要素を自由に選べ、不確定な要素は不確定なまま推論できるという特徴があります。

このベイジアンネットワークを構築できるツールが、NTTデータ数理システムの「BayoLinkS」で、これは、人の知見を矢印の向きとして入れ込むことや、適宜、必要な要素を人手で追加することもできるツールです。

さて、今回の対談のきっかけは、少し前に山口社長から、ベイジアンネットワークの開発者でもあるジューデイア・パール氏の著書、『因果推論の科学』について、当社の詳しい者から解説をしてほしいとお問い合わせをいただいたことです。この書籍をお読みになったこと、そして先ほどのお話からも、山口社長は因果について大いに関心をお持ちということですね。

山口  はい。データ分析を伴うコンサルティングをするなかで、「因果」と「相関」を見誤ると課題解決につながらないと、常々感じていました。デジタルマーケティングの世界では、A/Bテストやベイズ統計を活用して、ある程度の因果分析は行っていますが、本当の因果を解明するには手探りの状態にあります。なので、因果をつかむための統計的手法が理解したいと思って、『因果推論の科学』を読んだのです。
この本、原書のタイトルは『The Book of Why』で、大変、関心をそそられます。この「why」を解明したいと思いました。ただ、この本はそう簡単ではありません。読んで、正確に因果を見つけるにはいろいろな手続きが必要なことはわかりましたが、もう少しかみ砕いて解説してもらおうと、NTTデータ数理システムのメンバーに聞いたのです。
すると、まずは、本村先生と共同出版した『BayoLinkSで実践するベイジアンネットワーク』を読むように勧められました。これを読めば全体像がわかるということで、読んで勉強しました。その上で、本質をわかりやすくビジネスパーソンの方やコンサルタントの方にもお伝えしたいと思い、因果推論の第一人者である本村先生に、今日の対談をお願いした次第です。

小木  ここで、「相関」と「因果」の違いについて簡単に解説させていただきたいと思います。先ほどのマラソン大会の例で、例えば怪我をした人の数も記録していたとします。このとき、風邪をひく人の数と怪我をした人の数に相関があるという結果が得られました。では、怪我人の数を減らすためには、みんなが風邪をひかないようにビタミン剤や予防接種をすればいいかというと、そうではありません。

実は、この裏に「大雨が降った」という原因が存在していることで、両方の現象が発生しているのです。怪我人を減らすには、その原因である「大雨が降る」という状態をどうするか、ということを考える必要があります。これが、相関ではなく、因果を考えなければいけない大きなポイントです。

山口  大変わかりやすい例です。この相関だけを見ると、おっしゃったように、怪我をしないためには風邪をひかないという、因果でないものを結びつけてしまいます。風邪をひかない対策を打っても怪我は減りません。この大雨が媒介となり、因果が相互に発生している。これをつかむことがビジネスでは大変重要です。

小木  さて、本村先生と当社NTTデータ数理システムは、もう長いおつき合いをさせていただいております。1990年代後半に、産業技術総合研究所様の産官連携の企画の一環として、現在の当社のベイジアンネットワークツール、「BayoLinkS」のコア部分の開発をご依頼いただき、多大なるお知恵もご提供いただきました。その後、2002年に当社の製品としてリリースし、20年以上が経ちました。これまで多くの方にご利用いただき、先ほど山口社長にもご紹介いただいた解説書籍『BayoLinkSで実践するベイジアンネットワーク』を、2023年の7月に共同で出版させていただきました。
先ほど山口社長から、ビジネスに因果を適用するにはどうしたらいいか、という話もございましたが、実際、因果推理そのものをビジネスにそのまま適用するのは、簡単な話ではないと思います。一つの表現方法として、ベイジアンネットワークがその一助になるかと思うのですが、それについてはいかがでしょうか。

本村  そうですね。今、ビッグデータの活用という方向にデータ認識が向かっていますが、それだけでは、因果関係を表現するのにギャップがあります。優れたデータサイエンティストの方はそれを読み解いて、「こういう仕組みでこういう現象が起こっているのだろう」と頭の中で浮かべることができます。これを「構造をモデル化する」という言い方をしています。
仮説として浮かび、それをデータで検証することを繰り返すことになるのですが、このプロセスをよく見ていくと、ある種、アルゴリズムとして仕組み化できるのではないか。そのような目的を持ったベイジアンネットワークの利用方法は、かなり体系化ができそうだという手応えを持っています。

小木  ありがとうございます。先ほど、このような考え方が生成AIとも関係しているというお話もございました。それについて山口社長はどうお考えですか。

山口  生成AIはどのような原理で成り立っているのか、私なりに考えまして、ベイズ統計的な発想がベースにあるのではと思いました。というのは ChatGPT などを見ると、質問に対してある言葉が出たら、次はどのような言葉が出てくるかと、いちばん確率的に高い言葉を選んで文章を生成しているように感じるのです。Aという事象が起きたとき、次はBが起きる確率はどうかというベイズ統計の考え方です。今までの機械学習とは違うのではと、素人なりに考えています。
このベイズ統計の考え方は、生成AIの世界もデータ分析の世界も、もしかしたら私どもの思考そのものも含めて今後いろいろな方面で、そのような思考パターンを学ばないといけないのではないかと思っています。素人なりの考え方ですが、本村先生、いかがでしょうか。

本村  今までの認識系と違うのではないかという考え方は、本当にその通りだと思います。生成ジェネレーションで見ると、今までは X と Y の関係を学習して、X と入れたら Y だと認識する、ということだけでした。それが、この X が X1、X2、X3とダイナミクスを持ってきているのです。今のテキスト生成AIも、ある質問が来たら、その回答としてどのようなものが「もっともらしい」か、そしてそのコンテクストの中で、さらに将来起こることを予測しながら、「もっともらしい」ものをどんどん出してきてくれます。それを人が見て「なるほど」と思ったり、知識を得たりという将来に向けて開かれた動きになっている。そこが、従来のAIと大きく違うと捉えています。

山口  なるほど。ありがとうございます。私どもの思考そのものも、これが起きたら次はこういうことが起きると、もう少し確率的に物事を見ていく必要があるのかもしれません。それが経験則だけではなく、これまでの話でも、データに基づいて先を読んでいくことがとても重要だと思っております。

本村  これは本当に、世界をどう理解するかという深遠な問題とも連携すると感じています。ビジネスの現場でも、まず対象となる現象があります。ユーザーの方が置かれている状況があり、そこでどうするとユーザーは嬉しいのか、いいことが起こるのか。これが一つの世界だと思うのです。
その世界がどのようにして起こっているかということは、過去のデータから、安定した部分についてはわかってきています。その上で、さらに状況が変化する変数が、ここが変わるとまた違う現象が起こる、これが整理できるという具合に、モデルと呼ぶものになるのではないかと思います。
これを誰もが見てわかる形で、人が気付ける状況にあるという点が重要です。AI を使ってデータが蓄積され、それをブラックボックスのままにして AI に任せきりにせず、そこで得られたものを人がまた見て、何かを気付けるというところに、私は可能性を感じています。

ベイジアンネットワークのビジネス適用

小木  そのように人が気付くということで、モデル化という話が出てまいりました。本村先生は、産業技術総合研究所様の取り組みとして、数々のビジネスでの活用例をご存じです。いくつか当社もお手伝いさせていただきましたが、先生は、ベイジアンネットワークを活用した顧客理解やプロモーションの効果向上などの課題解決をされています。ビジネスの課題解決の案件として何かおもしろいお話、取り組みなどもご紹介いただけますでしょうか。

本村  顧客理解への取り組みで、とてもいい活用例があります。
顧客を理解したいと考えてビジネスの現場に行くのですが、そこは、必ずしも一枚岩ではありません。例えば売上を見ているマネージャーの方は、売上さえ上がればいいという世界観で動いています。一方で、ただ顧客に支持されるという価値を提供したい。その結果、そこに価値を感じる顧客の数が増え、たくさんの顧客に支持されることで売上が上がるはずだ。このように問題を捉えている方もいます。
こういった方々と、プロジェクトとして「モデルをつくる」ということを一緒に作業すると、そのように様々な考えを持ってビジネスをされている方々の狙いや頭の中がモデル化されます。そうやって「顧客に価値を届ける」ということが明確になり、きちっとはまるととてもいい結果が出るように思います。

山口  ありがとうございます。まさに、私は、ビジネスの基本はお客様に新たな価値をどう提供するかだと思っております。私が書いた本の1冊目『デジタル変革と学習する組織――「顧客価値リ・インベンション戦略」を実践する組織と人財』は「顧客価値リ・インベンション戦略」がテーマで、新たな価値をどのようにリ・インベンション(再創造)して顧客に届けるかという内容でした。
また、最近、NTTデータと一緒につくった「デジタル変革の方法論」も、「アウトカムベースドサービス」という観点に立っています。顧客のアウトカムとは、お客様が解決したい課題を、つまり、私たちの立場から見ると、企業であるお客様の先にいるお客様の課題をどう解決するかです。これを解決することが価値になるので、実現するための方法論をつくりました。ただ、そのときは統計的な手法がなく、定性的な考えでつくっています。これに、先生がおっしゃるベイズ統計的な発想を入れたデータモデルをつくっていくといいのではないか。そうすると、データに基づいて、より価値を上げるにはどうすればいいかと、スパイラルアップできます。
何か、先生が考えておられるところと、私どもが考えているところがすごく近くて、今日はお聞きしていて大変嬉しく思いました。

小木  そのような具体的なビジネスへの活用で申しますと、本村先生が会長をされていらっしゃいます、人工知能技術コンソーシアムでも、かなり具体的な取り組みをされていると伺っております。よろしければお話しいただければと思います。

本村  ありがとうございます。ご紹介いただきました、産業技術総合研究所の中に人工知能技術コンソーシアム、AITeC(アイテック)と略称している組織があります。こちらはまさに、人工知能技術を使っていくためにはたくさんのデータが必要で、たくさんのデータを集めるためには多くのユースケースが必要だという問題意識から、できるだけ幅広いユーザー企業のみなさんとインタラクションできる場にしようと考えています。
今、150社を超える会員企業のみなさんが、20を超えるワーキンググループの中で、実際に取り組みをされています。中には生成AIを使っているプロジェクトもあります。そのような実際の取り組みの中から、何が価値なのか、何を目的変数とするかということが浮かんでくるという経験をしております。
また、この経験をできるだけ多くの方と共有するために、みなさんからいただいた会費でプロジェクトを組んでいます。そうするとデータが囲い込まれることなく、共有しやすいというメリットがあります。このようにしてビッグデータをつくりながら、生成的なAI計算モデルをつくり、その知見を、また人が気付いて共有するといったサイクルを回そうとしています。

小木  そのサイクルは、先ほど、山口社長のお話にもありましたが、お客様の先にいるお客様に対して価値を提供していく、そのような価値をつくるための構造をモデル化していくということですね。このような価値の構造化は、どのように実現していけるでしょうか。一般的にはPDCAを回すということになりますが、本村先生は新しいサイクルを提唱されていますね。

本村  その通りです。従来の Plan、Do、Check、Action というサイクルが、一般にはよく知られていますが、これは、チェックのプロセスにやや疑問があると考えています。というのも決まった物差しで測って、何か雑巾をギュッと絞りこんだような取り組みも多いからです。
そこで、本来の価値を見直すという意味で、評価(Evaluation)のフェーズを入れています。チェックではなく、いい意味で評価をする。そこでもし、何か気付きが得られたならば新たにモデリングをするということで、これをPDEMとしました。これは、山口社長がおっしゃられた、将来に向けてという取り組みに近いのではないかと思います。

山口  ありがとうございます。私もまさに、今の PDCA は限界があるのではないかと思っています。私はデジタル時代の思考方法ということで、HYPERサイクル(Hypothesis、Plan、Experiment、Review)を提唱しています。HYPER というのは、私の造語です。

やはり今の時代は、現状がこうなっているから改善すると考えるのではなく、将来からあるべき姿を考え、それを実践していくための仮説をつくるべきでしょう。そして、この仮説を実現するためにはどのようなプランがあって、それを実行して、結果がこうで、この仮説が検証できたかどうかというレビューをしていく。Hypothesis、Plan、Experiment、Review、仮説・計画・試行・見直しというサイクルです。
本村先生は、「レビュー」よりも「リモデリング」をイメージされるかもしれません。いずれにしてもこのように、思考方法も、デジタル時代はPDCAだけではないのではないかと思っておりました。今日、先生のお話を聞いて、私も、データが豊富にある時代となった今、私どもの思考方法も変えていかなければいけないと思ったところです。まさに先生も、AIやビッグデータの解析に取り組むなかで、同じような結論に達しておられているので、大変嬉しく感じました。
さらに、今後はセンサーデータなど、今まで分析できたデータだけではない、もっと幅広いデータが出てくるでしょう。そのようなときに、やはりデジタル変革のあり方も変わるのかもしれないと思っていますが、先生はどうお考えでしょうか。

本村  そうですね。今、まさにデジタル変革という形で、いろいろな業務プロセスがデジタル化されて、AI もそこに期待されていると思います。ただ、AI を入れて効率化を図るというところだけにとどまってしまうと、少々問題があります。
実は、価値を発見してよりよい形にトランスフォームすることが、デジタル変革の真の目的です。例えば、ハンコを押す業務が大変なので、ハンコを押すロボットをつくってしまうようなやり方をしないようにするために、価値を構造化し、何が価値なのかを発見していくことが非常に重要だと考えています。
それができると、価値を向上させるために新たなデジタル化が始まり、そのデジタル化を、取り組みとして行うことで組織全体が、そこに関わる人々が、ともに価値をつくり出しやすくなります。デジタルを使うことで、多くの人がその取り組みに関われるようになるというところに期待しています。

山口  本当に今のお話は、私も大賛成です。私たちはデジタル化というと、目の前のプロセスをどうデジタル化するかと考えがちです。今の先生のお話は秀逸で、ハンコを押すためのロボットをつくるとは、まったくナンセンスです。考えるべきは、本当にハンコがいるのかであり、ハンコなしでどのように承認をすればいいかです。それも、今の時代であれば、ワークフローをつくるといった話ではなく、もっと抜本的に、承認しなくていいデジタル化をすればいいのです。
このように、私は、デジタル化というものを考えるとき、まず達成すべき課題は何なのか、その課題を達成するために、すべてをデジタル化したら何ができるのかと考えます。これを私は「デジタルバイデフォルト」と言っています。目の前のものを解決するのではなく、このプロセスは何のためにあるのか。この「何のため」を達成するために、今のプロセスだけでなく、全部をデジタル化したら何ができるのか。このように考えることが、本当のデジタル化だと思っています。先生も同じことをおっしゃったので嬉しく思いました。

ビジネスの理解と経験があってこそ活きるデータ分析スキル

小木  ありがとうございます。では最後に、山口社長から本村先生にお聞きになりたいことはありますでしょうか。

山口  私はビジネスサイドから見ているのですが、やはりビジネスパーソンやコンサルタントの方々は、統計分析は何か少し違う世界、遠いものとも思いがちです。しかし、このデジタル時代に、それがわからないと、コンサルタントはお客様に価値を提供できませんし、ビジネスパーソンなら、新しいサービスを考えるのに十分でないということになると思います。となると、ビジネスパーソンがデータ分析などを勉強するには、どうすればいいでしょうか。

本村  今、文部科学省も、データサイエンス人材を育成しようということで、様々なカリキュラムや取り組みを行っています。まずはそのような形で、新しいベイズ的な統計やビッグデータの活用などの情報が、かなり集めやすくなっています。
もう一つは、データのリテラシーを上げたうえで、問題を解決したいという意欲を持つことです。どのようなことが価値なのかという考察は、やはり、道具としてのデータサイエンスのツールだけでは磨けません。身近な問題で自分ごとにして、それをどうしたいのかと、ある意味で内省をして、それをデータとして表面化します。そのモデルを使うことによって、自分のやりたいこと、価値構造をよりよいものに進化する。ある種、自分の頭の中を掘り下げてリフレクションをして、そのふり返ったことを外在化するところにAIやビッグデータが役に立ちます。
人はリフレームできる。つまり考え方を進歩させられるものなので、そのような経験を積んでくださるといいなと思います。

山口  わかりました。ありがとうございます。ビジネスを知っているビジネスパーソンやコンサルタントの方々がデータ分析の思考を学べば、これほど強いことはありません。
やはり、いい波を捉えるのにも、そのビジネスの構造などがわかるからいい波がわかる。いろいろな方法論がありますが、やはり最後は、知っているか、知らないかということが重要になるわけですね。ということで、ビジネスパーソンやコンサルタントが、持っているものをビジネスに生かしてより価値を出すには、データ分析を学ぶべし。またはデータ分析を実践すべし。という具合に理解させていただきました。

小木  ありがとうございます。お二人の言葉を胸に、私も日々研鑽してまいりたいと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。

対談動画


小木 しのぶ 株式会社NTTデータ数理システム 取締役 兼 営業部長
立教大学客員教授
日本計算機統計学会理事

新卒にて入社後、半導体シミュレーターの開発、テキストマイニングツールの開発を経て、自身が開発したプロダクトの販売を行うべく、営業担当部署へ異動。「数理科学が解決できる悩みは世の中にたくさんあるのに、まだまだそれが知られていない!」と、営業企画、広報にも関わる。趣味はスキーとバイク、最近はゴルフも。
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