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Profile:一般財団法人カーボンニュートラル燃料技術センター(JPEC)様
1986年、財団法人石油産業活性化センターとして設立。1991年、石油基盤技術研究所設立。2024年、一般財団法人カーボンニュートラル燃料技術センターに改称。石油及びカーボンニュートラル燃料についての中核的研究機関として、国内外の関係機関と連携して技術開発および調査研究を進め、エネルギー安定供給の確保とエネルギーの脱炭素化による地球環境保全の両立に貢献することを目指している。
ベテラン技術者の知見に支えられていた、石油精製プラントの安定稼働
ベテラン技術者の減少がこのシステム開発の理由の1つと聞きました。
内田 省エネや脱炭素を背景に、石油精製プラントでは稼働の効率化が大きな課題の1つとなっています。そのための技術開発が進められる一方で、プラントの安定稼働の重要性も高まっています。稼働停止は効率化の大きな妨げになるからです。これまでは何か異常が発生すると、ベテラン技術者がその豊富な経験や知識をもとに原因を推察していました。プラントは多数の機器が複雑に絡み合い、原因の特定や対処は一筋縄ではいきません。そんな場合、「この数値に異常が出ているから、関連するあの設備も影響を受けているかもしれない」とベテラン技術者が他のリスクを予見し、現場スタッフにアドバイスするなどして、1つの異常がプラント全体に波及することを未然に防いでいました。
過去に発生した事故やヒヤリハット(事故には至らなかった事象)の報告書などの基礎情報をデータベース化し検索できる仕組みは以前からあります。ただ、設定された分類項目によって検索したり統計解析を行ったりするには有用ですが、多数の事例間のつながりや関係性を解析することはできません。ベテラン技術者が高齢化で減っている今、これまで彼らが現場スタッフにアドバイスしていたような、1つの事象からそれに関連するリスクや対応策のヒントが見つかる仕組みが作れないだろうかと考えました。
データ解析手法にベイジアンネットワークを採用した理由を教えてください。
内田 実はプラントの障害や事故は少なく、報告書の数は多くありません。限られたテキスト情報から確度の高い結果を得るための解析手法を探しました。またその手法はブラックボックスではなく、エビデンスとともに結果を出力したいと考えました。受け取る側にとって結果の信頼性につながりますし、上がってきた情報を取捨選択する際の判断材料ともなるからです。
解析手法は最近注目の生成AIも有望な技術ではありますが、今回のテキスト情報量では既知の情報が出力される可能性が高く、またブラックボックス化等の懸念点があります。そんな中、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の事業で事故やヒヤリハットの事例を使い事故予兆を検知するシステムの研究があり、我々も協力させていただきました。そこで解析手法として使われていたのがベイジアンネットワークでした。複数の事象のつながりをネットワーク図として直観的に表現できるこの手法であれば、今起きている事象と過去事例を関連づけた解析も可能だと考えました。
開発パートナーとしてNTTデータ数理システムをお選びいただきました。
内田 報告書のテキストデータをベイジアンネットワークで解析するには、まずテキストマイニングによる前処理が必要となります。NTTデータ数理システムはベイジアンネットワークにも、また言語処理にも豊富な知見を持っており、それに期待して今回のシステム開発を依頼しました。
まずテスト版を2020年に開発。2022年に Alkano を基盤にモデル化を行い、「保安情報解析アプリケーション」としてスタンドアロンのプロトタイプ版を作成。翌2023年には使い勝手の向上を目指しWeb版に進化させました。現在はJPEC加盟の石油会社5社による実証実験で得られた意見をもとにシステムをブラッシュアップ中です。
他国のテキスト情報の追加も容易、知見はどんどんリッチになる
テキスト情報をどのようにまとめ、解析しているのですか。
内田 テキスト情報は複数の事故情報等データベースにある約2,000件の報告書を用いています。そこに記載された約100万語をマイニングすることにより分析対象語彙種数として約19,000を抽出、その中から同義語や単語の上位/下位レベルなどを考慮し約1,000語を解析対象キーワードとして選んでいます。キーワードは主要な装置やタンク、弁など機器・部位に関するもののほか、原因系として油やガスなど物質・プロセス変動・作業など、またそれらに関連する事故等の引き金現象・漏れの形態・着火源あり/なし、といった各カテゴリで構成されています。それらから解析したいキーワードを選び、Alkano で因果関係の確率推論を行います。
例えば「常圧蒸留装置」「高温部」「腐食性ガス」で現在課題となっている事象があったとして、そのキーワードで解析をかけると、関連性の高い事故・ヒヤリハットなどの事例報告書と、「オーバーフラッシュ配管」「オリフィス」「塔底油」などチェックが必要な関連単語が提示されます。技術者はそれらをヒントに考察したり、リスクや事故を予見し対応を行ったりすることで、事故防止や安定稼働につなげられます。
より利用価値の高い結果を得るためにさまざまに工夫されていますね。
内田 限られたデータ量から推論の確率を上げていくために、Alkano ではキーワードどうしの関連性の強さを計測するリフト値を集計して解析しています。また、全ての事象は全てに関連しているという考えから、各単語を網羅する全候補モデルでネットワーク化していますが、今後は事象が発生する順序に従って推論できるよう階層モデルの追加も検討中です。このほかにも各社から要望が出ているので、それに応じたモデルも検討しています。
現場にとってより利用価値の高い解析結果を得るためには、基礎データとなるテキスト情報の充実も欠かせません。今使用しているテキスト情報は JPEC や高圧ガス保安協会(KHK)事故情報、神奈川県高圧ガス事故事例、失敗知識DB、CCPS BEACON などですが、それに加えて海外の保安情報などの活用も検討しています。解析に必要なのは単語なので、文脈などの高度な英訳なしに容易に導入できるはずです。そのほか、カテゴライズなどの見直しや調整も必要でしょう。Alkano はテキストマイニング機能や、データ前処理から各種解析機能があるプラットフォームで様々役立ちそうです。今後はそれらも活用できればと考えています。
このシステムの開発目標や、今後の展開についてお聞かせください。
内田 このシステムは、安定稼働に直結する情報を常に現場スタッフに提供できるようにすることが最終的な目標です。ベイジアンネットワークによる解析の基本機能はほぼ完成していますが、さらに役立つシステムになるよう現場からの要望をていねいに聞き、本番稼働につなげたいと考えています。
このシステムには可能性があると思っています。解析のベースとなるテキストデータは容易に追加でき、それを重ねていけば提供できる情報はどんどん分厚くなります。石油精製プラントの歴史は古く、長年使っている機器も多いため、遠い過去の事故事例もとても参考になります。最近は IoT など最新技術による管理システムの導入も進んでおり、今後、それらに関するテキスト情報も取り込むことで、より広く深い知見の中から現在のプラント稼働に最適なヒントが得られるようになるでしょう。また今回は石油精製プラント用として開発していますが、ベースとなるテキストデータを入れ替えることで他のプラントの保安情報解析にも横展開できるはずです。
<謝辞>
本取組は、経済産業省 燃料安定供給対策に関する調査事業(令和2年度及び令和3年度)と、競輪の補助(令和4年度及び5年度)を受けて実施しています。
おわりに
今回は、「Alkano」を活用していただいた事例についてご紹介しました。データ分析を活用した課題解決について、少しでも興味をお持ちいただけたでしょうか?Alkano を紹介するオンラインウェビナーを無料開催しておりますので、気になった方はぜひご参加いただけると幸いです。
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