九州大学 基幹教育院 岡本 剛 様 焚き火の際の心理状態と脳活動をベイジアンネットワークで分析した事例

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ベイジアンネットワークで焚き火と心理の関係を分析
データの向こうにある事実を明らかに

焚き火の際の心理状態と脳活動をベイジアンネットワークで分析した事例

2024年6月28日 10:00

Theme(目的)
焚き火(物理環境)と心理、脳の関係をモデル化して、因果関係を分析したい。
Point(内容・効果)
・焚き火の実験を行い、その際の物理・心理・脳波の各データを測定。
・それらをベイジアンネットワークで解析。
・「焚き火は思索をするのに向いている」ことが導かれた。

著書「焚き火の脳科学」で注目を集めている気鋭の脳科学者、岡本 剛准教授。焚き火と脳というこれまでにない着想の原点や、その研究を支えたデータ解析ツールAlkano、BayoLinkSについて話を伺った。

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Profile:岡本 剛 准教授
九州大学基幹教育院准教授。博士(工学)。慶應義塾大学理工学部物理学科卒業。東京大学大学院工学系研究科システム量子工学専攻修了、博士号取得。科学技術振興機構・ERATO 合原複雑数理モデルプロジェクト研究員、九州大学デジタルメディシン・イニシアティブ助教授および准教授、九州大学大学院医学研究院准教授を経て現職。1975年生まれ。

九州大学 基幹教育院
岡本 剛 准教授

コロナ禍で全てが行き詰まる中、新たな研究の糸口を見つけた

「焚き火と脳科学」の研究は、どのように始まったのですか。

岡本 脳の謎を解明したい。その思いで私は視覚や嗅覚の研究を始め、冷暖房が脳に及ぼす快適性など、過去にない実験と研究を重ねてきました。脳を効果的にトレーニングする技術開発を行っていたちょうどその頃、新型コロナウイルス感染が広がったのです。瞬く間に外出が制限され、私の大学でも実験や対面授業が全て中止。こうした状況で私自身、モチベーションが保てなくなり辛くなりました。
そんな中、自宅でインターネットを閲覧中、焚き火の動画を見つけ、そのゆらゆらと揺れる炎に思わず“ハマって”しまったのです。感染状況が一段落し外出できるようになるのを待って、ソロキャンプに出かけ焚き火をしてみました。すると、とても良かった。揺らめく炎に自分の視覚、聴覚、嗅覚、温度感覚が刺激され、独特の感情が生まれる体験がとても新鮮でした。これを自分の研究と結びつけ、焚き火が人間の脳にもたらす影響を解明できないか。何度もソロキャンプをして炎を見つめているうち、そう思ったのです。

今までにない研究で、実験段階から苦労なさったと聞きました。

岡本 研究には実験が欠かせません。実際に焚き火をして、脳波や感情のデータを取る必要があり、その実験を大学の敷地内で行えないかと考えました。しかし前例がないため、なかなか土地の利用許可が出なかったのです。それでも大学の事務室と何度も相談を重ね、自治体の首長に相談したり、アウトドアメーカーへ資金提供を依頼したり、産学連携のコーディネーターを訪ねるなどしました。
あるとき大学の事務室から状況打開のヒントをいただき、それをもとに実験計画を修正して再度提出したところ事態が好転。最終的に、実験とそのための期間として5年間の土地の使用が認められました。ここまでに丸1年かかりました。

実験では温度などのデータのほか脳波測定もされたそうですね。

岡本 今回は、焚き火が人間の心理や脳活動に及ぼす影響を明らかにすることがテーマです。脳科学の実験は準備・予備実験・本実験の順で進めますが、先行研究がなかったので、どんな焚き火をしてどんなデータを取るのか、それらをデザインするところからスタートしています。
データ測定は試行錯誤の結果、①環境温度や照度などの物理的状況、②紙のアンケートによる心理の変化の把握、③脳波の3種類を行うことにしました。脳波測定は通常であれば外界から隔離された実験室で行いますが、今回は風が吹くなど不安定な環境のアウトドアです。そうなると脳が何の影響を受けて活動を変化させたのか正確に把握できなくなる可能性がありますが、その対応には私が過去に行った冷暖房の快適性研究での経験を活かしました。
また実験は毎回同じ状況で行う必要があります。焚き火の炎の立ち方や燃焼時間も毎回同じになるよう、予備実験を繰り返しました。それをもとにストーブや燃料などの資材を選定。加えて詳細な実験手順はもちろん、安全に焚き火を行うためのガイドラインも作成しました。
被験者は通常20人以上が望ましいとされますが、今回は私1人としました。屋外で焚き火に当たることは心理状態や脳活動ヘの影響が多すぎるので、複数の被験者による個人差を排除したかったためです。
これらの準備と予備実験に約6か月かけたのち、本実験は1回の実験につき焚き火あり/なしの条件でそれぞれ32分間行い、その間の心理状況をアンケートに回答。これを週1回、合計14回行いました。

自ら被験者となって行った実験の様子

考え事が多くなったとき、焚き火をしていた割合は87%

焚き火中の心理や脳波の因果関係をベイジアンネットワークで解析されています。

岡本 この実験で取得したデータは、物理測定では温熱環境や気温、相対湿度など12項目、心理測定は気分、眠気、リラックス状況など19項目、脳波測定では19の電極でシータ波、アルファ波、ベータ波、ガンマ波の4帯域を計測しています。
焚き火をする、あるいはしていない時間軸で、物理、心理、脳波それぞれがどのように影響し合っているのか、その因果関係を時系列とともに解析したいと考えました。
私は過去に大学の医学部で各種検査データの解析を担当したことがあり、そこでさまざまな解析手法の経験があります。今回の解析は従来の手法でもできるとは思うのですが、複雑な補正などが必要となり、それによってデータの向こうにある事実が見えにくくなることが予想されました。
そこで導入したのがベイジアンネットワークです。今回の解析にはこの手法が最も適していると判断したからです。最近は研究に適した新しい解析手法やツールが出ているので、どんどん使うべきだという思いもありました。

焚き火と思索の因果関係が数値化されました。

岡本 図のベイジアンネットワークから考え事と焚き火に因果関係があることが読み取れます。さらに Alkano、BayoLinkS で推論し、考え事のレベルごとに焚き火が実施されたかの確率値を計算しました。ベイジアンネットワークでは「考え事をしたときに焚き火が実施されたかどうか」のように因果関係を遡る方向で確率を計算することができます。考え事が多くなったケースのうち焚き火をしていた割合は87%、考え事が中程度の場合で80%、少しの場合でも64%となりました。また、考え事の量は思い出すことの量にも影響しているというデータも出ています。これらから、焚き火には思索を促す効果があるが、思索が深いとほかのことは思い出さない傾向があり、適度な思索では思い出すことが多くなる傾向が明らかになりました。
今後は被験者を増やした実験を行うなどして、この研究結果の信憑性をさらに高めたいと考えています。また、この結果を応用した心理的ケア手法の研究開発も視野に入れています。

先生のような活動をしたいと考えている研究者にアドバイスをお願いします。

岡本 研究のテーマは、日常を観察していると必ず見つかるはずです。そして、実現に向けて、賛同や協力、アドバイスしてくれる人を増やすことも大事でしょう。私は今回、何度も心が折れそうになりましたが、大学の事務室をはじめ焚き火の指導をしてくれたキャンパーなど、たくさんの方々の後押しで結果を出せました。とても感謝しています。
加えて、焚き火そのものが奥深く魅力的で、それに関する研究を私の手でやり遂げたいという思いが、私自身を動かしました。自分で“これだ”と感じた研究を実験方法から組み立てる作業はとても面白く、その作業を通してコロナ禍で見失っていた私のモチベーションが復活したことも大きな収穫です。

実験の全貌はこちらの著書をご覧ください

焚き火の脳科学
岡本 剛 著
九州大学出版会 発行

おわりに

今回は、AI・データ分析を内製化できるデータ分析プラットフォーム「Alkano」および大量のデータから依存関係を抽出し、わかりやすいインターフェースでベイジアンネットワークを構築するソフトウェア「BayoLinkS(ベイヨリンクエス)」を活用していただいた事例についてご紹介しました。データ分析を活用した課題解決について、少しでも興味をお持ちいただけたでしょうか?それぞれ、定期的に製品について紹介するオンラインウェビナーを無料開催しておりますので、気になった方はぜひご参加いただけると幸いです。

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弊社NTTデータ数理システムでは、長年培ってきた数理科学の技術を基に、お客様のご要望に合わせた受託開発を承っております。「データはあるから何となく何かをやりたい…」というきっかけでも大丈夫です。お客様が解きたい課題を弊社技術スタッフが一緒に課題整理を行いながら、ご要望に合わせたご利用形態で課題解決をサポートします!ぜひお気軽にお問い合わせ、ご相談いただけると幸いです。

監修:株式会社NTTデータ数理システム 機械学習、統計解析、数理計画、シミュレーションなどの数理科学を 背景とした技術を活用し、業種・テーマを問わず幅広く仕事をしています。
http://www.msi.co.jp NTTデータ数理システムができること
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