東京大学医学部附属病院 佐藤 雅哉様 ベイジアンネットワークを医療行為の因果関係のモデル化に活用した事例

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治療効果を、BayoLinkS で確率推論する

ベイジアンネットワークを医療行為の因果関係のモデル化に活用した事例

2022年10月31日 10:00

肝臓癌の治療を専門として活躍中の内科医師・佐藤雅哉様。日々の診療のかたわら同じ志を持つ医師たちと、治療の有効性をシミュレーションしている。この活動は医療の現場にどのような価値や可能性をもたらすのか、ベイジアンネットワーク構築支援システム BayoLinkS を選んだ理由は何か、佐藤様にうかがった。

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Profile:佐藤 雅哉 様
2005年札幌医科大学医学部卒。2012年東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。この間、国立相模原病院、三井記念病院、東京大学医学部附属病院・消化器内科などを経て、現在は同病院・検査部講師(2020年12月時点)。所属学会:日本内科学会、日本臨床検査医学会、日本消化器病学会、日本肝臓学会、人工知能学会、日本メディカルAI学会ほか。

検査部
(消化器内科 肝癌治療チーム)
佐藤 雅哉様

この治療は患者様の5年後にどんな意味を成すのか、予見したかった

先生の診療活動をご紹介いただけますか。

佐藤  私は肝臓の専門医として、肝癌治療や肝疾患の外来診療を行っています。肝癌は投薬 による進行抑制、手術による切除、肝臓移植といった治療法があります。また肝疾患は ウイルス性肝炎のほか、アルコールが原因の肝炎などもありますが、進行すると癌にな りやすいため、超音波(エコー)による定期的な検査なども行っています。「この治療をしたら、この患者様の5年後はどうなるのか」と未来を思い描きながら、私は投与する薬や手術の術式を選択しています。ほかの医師も同様に、無意識のうちに治療効果をシミュレーションしているわけです。それをモデル化して患者様の未来の確率推論を行えないだろうか、それが今回の分析の目的です。

分析内容について教えてください。

佐藤  「目の前にいるC型肝炎患者に対するウイルス治療を行う意義」について分析しました。2020年のノーベル医学生理学賞は「C型肝炎ウイルスの発見」という業績に贈られました。この受賞は近年の目覚ましい治療の進歩が背景にあります。近年の画期的な治療の登場により、ほとんどすべてのC型肝炎患者に対し治療が可能になりました。しかし、新規治療薬は高額であり、治療適応の判断については、医療経済の面からも慎重な検討が必要です。患者様に応じた治療対効果の推定のためには、ウイルス駆除によってもたらされる肝癌の発症抑制効果を患者様ごとに定量化することが必要になります。
肝臓の発癌は年齢などの患者背景、肝臓の線維化、炎症などが絡み合って生じており、通常はそれらの因果関係とその後の経過について経験をもとにシミュレーションを行い、ウイルス駆除による未来のリスクの低減効果を推定します。この因果関係をノードとして繋ぎ、実際の臨床データから、BayoLinkS を用いて因果関係の確率推論を行うモデルを、今回構築したのです。治療前の情報を入力し、ウイルス駆除の有無を切り替えると、治療を行ってウイルス駆除をしたとき・しなかったときに未来の発癌リスクがどのくらい変わるかを推論します。

分析をすることで、さまざまなメリットがありそうですね。

佐藤  いま、この治療や処置をする意味はあるのか・ないのか、やるならどの時点だと効果が高いのか、医師は自分の経験や知識をもとに決めていますが、それを客観的な数値を参照しながら判断できるようになります。状況によっては行う必要のない検査がときとしてあり、その気づきや判断にも役立ちます。
治療や処置の中には、患者様側に負荷がかかるものや、作業やコスト面で医療側にも大きな負担を伴うものがあります。処置を行う前に、もたらされる効果がほとんどないことを定量的に評価でき、現時点では行う意義が少ないため必要ないという判断に至れば、患者様の肉体的負荷の軽減や、医療スタッフの作業負荷の削減につながります。
また、患者様にとっては自分の症状に応じた最適な治療パターンを数値で確認でき、より納得、安心して治療を受けることができるでしょう。目指すべき医療として「オーダーメイド医療」「プレシジョン(精密)メディシン」などがいわれていますが、それらの支援ツールとしても役立つはずです。

C型肝炎ウイルスを駆除した場合の5年後の肝癌発症リスクを推論する因果関係のネットワーク。

医療行為のモデル化に、ベイジアンネットワークが最適だった

なぜベイジアンネットワークを選択されたのでしょうか。

佐藤  診察や検査を逐次行い適宜データを更新していく、こうした我々の医療行為を再現しようとしたとき、この手法が最もやりやすかったからです。臨床の現場では患者様のデータがすべて揃っているわけではなく、その時点で得られている情報をもとに医師は治療の判断を行います。ベイジアンなら同様の推論が可能で、ノードに欠損値があっても確率は更新され、その結果はつながりのあるノードにも反映されます。また、患者様の診察結果をベースに、各種検査の是非を逐次的に判断する構造がツリー状に表現されるので、一緒に分析した医師からも分かりやすいと好評です。医療者による介入の効果を測る手法としては、フィッシャーの直接確率もよく利用されます。しかし欠損値があっても確率値を算出できるベイジアンネットは今回の用途に、より適していると思います。また決定木モデルも検討しましたが、同じく欠損値がネックとなりました。

BayoLinkS を使った感想はいかがでしょうか。

佐藤  計算を実行する稲妻マークのボタンが、一緒に分析した医師から人気です。データやパラメーターを入れてこのボタンをマウスでカチカチと押すと、各項目の確率が稲光のように一瞬で更新され、その動作の速さと出される確率の変化に見た人はたいてい感動します(笑)。
今回のようなシミュレーションは、Excel による統計処理ではまず不可能でしょう。BayoLinkS は多彩な機能が使いやすくパッケージ化されていて、モデルを組んでデータを入れるという比較的シンプルな操作で望む結果が得られます。診療やカンファレンスの合間を縫って、目的とするモデルを容易に構築できる点が私には適しています。

今後の展望をお聞かせください。

佐藤  今回はC型肝炎に対する治療意義の定量化を行いましたが、BayoLinkS で構築される確率推論モデルは、ほかの病気にも広く応用できるはずです。例えば癌治療で A と B のどちらの治療を選択すると予後がどのように変わるか、という判断が必要になったときも、推論結果は参考となるでしょう。
特に、より迅速な判断を必要とする救急疾患領域における BayoLinkS の応用について、私は大きな可能性を感じています。現在、10,000例規模の多施設データに対して、本領域における処置や介入の意義を患者様に応じて定量化するモデル作成の試みを進めているところです。
医療では倫理面への配慮などから多数のサンプルを調達することが難しいですが、ビッグデータから個人情報を排除した上でデータを活用する技術や制度整備が進んでいます。さらにプラットフォームのクラウド化など技術革新もあります。それらによって症例サンプルデータの収集が進めば、実際の臨床の場面でもこうした推論モデルの活用が進んでいくはずで、私はそれに期待しています。

おわりに

今回は、大量のデータから依存関係を抽出し、わかりやすいインターフェースでベイジアンネットワークを構築するソフトウェア「BayoLinkS」を活用された事例についてご紹介しました。定期的に製品について紹介するオンラインウェビナーを無料開催しておりますので、気になった方はぜひご参加いただけると幸いです。

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監修:株式会社NTTデータ数理システム 機械学習、統計解析、数理計画、シミュレーションなどの数理科学を 背景とした技術を活用し、業種・テーマを問わず幅広く仕事をしています。
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