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Profile:庄司 裕子 教授
東京大学工学部機械工学科卒業、同大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了、博士(工学)。2004年より中央大学理工学部に勤務、2011年教授。研究テーマは、あいまいさを含む思考プロセスの理解と支援、動的な感性モデルの構築と工学的応用など。日本感性工学会会長。情報処理学会、人工知能学会、日本認知科学界などに所属。
Profile:浜田 百合 助教
中央大学理工学部経営システム工学科卒業、同大学大学院理工学研究科経営システム工学専攻博士課程修了、博士(工学)。同大学理工学部経営システム工学科助教を経て2020年、青山学院大学理工学部経営システム工学科助教。認知行動、感性評価、生体情報に関する研究に従事。日本感性工学会正会員。
人の感性を定量的に捉え、モノづくりやサービス提供に活かす
人の感性を工学的に研究されているそうですね。
庄司 情報は、それを受け取る人の感性で価値や意味が変わることがよくあります。1枚の絵を見て、その絵をとても気に入る人とそうでない人がいるように、情報の価値判断は多種多様です。そういった受け手の感性を究明し、それにふさわしい情報や価値を提供するにはどうしたらいいか。そこが感性工学の出発点です。人が物事に触れて感じ取る様子を観察し、工学的な手法で計測、その結果をモデリングし、各種製品に実装する。そういうライフサイクルが回せるようになれば、モノやサービス、ソリューションなどが受け手にとってもっと価値あるものになっていくはずです。私たちはそれを感性価値創造と呼び、その推進を目指しています。浜田先生の研究は、人のコミュニケーションを工学的手法で計測・モデリングを実現し、感性工学の新しい領域を拓いた研究といえます。
浜田 私はコミュニケーションプロセスをテーマに、人がコミュニケーションを重ねてどのように価値観を共有し、合意・納得して物事を決めていくか、学生時代から庄司先生と研究しています。コミュニケーションは1対1か多人数か、親密度はどのレベルか、目的はコーチングなのか1つの解を求めることかなど、さまざまな状況や事例で研究を重ねています。
BayoLinkS を研究に導入した理由は何でしょうか。
浜田 人が話し合って正解がない解を得る際、当事者が本当に納得して解を出したかを、工学的・定量的に明らかにしたくて、そのための手法を探していました。統計学の先生に相談したところ、そのような因果的な構造のネットワーク化や推論には、ベイジアンネットワークが最適だろうとアドバイスをいただいたのです。ただ、ベイジアンネットワークのアルゴリズムやプログラミングを自分で考えるのはハードルが高すぎます。その点、BayoLinkS ならデータを投入すればベイジアンネットワークが簡単に形成できますし、感度分析なども変数を設定するだけであるため、使いやすく、作業時間を短縮できます。BayoLinkS は、まさに私が求めていた解析ツールであり、思い描いていた研究が大幅に前進しました。
具体的な研究例をご紹介いただけますか。
浜田 多くの選択肢がある場合、どのように合意形成されていくかを実験を通して解析した例です。実験は “夏の合宿免許はどの教習所で取るか” をテーマに学生5人に話し合ってもらったものです。
選択肢となる教習所は35か所、事前アンケートによりどの教習所がいいかメンバーの選好調査をした上で話し合いを始めました。その様子をビデオ収録し、発言をテキストデータ化したものを BayoLinkS で解析しています。
実験では、個人の選好に基づいたメリット・デメリットが話し合われたあと、メンバーから最初に支持された価値が「料金の安さ」でした。さらに話し合いが進む中で「空き時間を充実させたい」というコンセプトが生まれ、その価値観がメンバーに共有されると選好が変化していきました。それまで選ばれていなかった項目「遊べる場所やコンビニ、温泉が近くにあること」がクローズアップされ、最終的にメンバー各自が最初に選好していたのとは違う教習所が選ばれました。
ベイジアンネットワークを容易に短時間で研究に導入
その研究での BayoLinkS の使い方とその成果を教えてください。
浜田 まず、実験での発言をネガティブ/ポジティブに分類し、合意形成プロセスを可視化しました(図1)。
そこでは、ネガティブな理由をもとに選択肢が除外されたあと、ポジティブな理由から最終的な解が決定されていくプロセスが見えてきました。次に BayoLinkS を使ってこのプロセスをモデル化しました。誰がどのような発言をしたのか、その内容を「コンセプト」「料金」「場所」「食事」「生活」「娯楽」「スポーツ」「観光・自然」「その他」の9項目に分類し、それらをノードとしてベイジアンネットワークを構築。その上で BayoLinkS の感度分析により発言内容のネガティブ/ポジティブの度合いを定量的に判定したり、リフト値により発言が評価に与える影響を見たりしました。それら9項目のつながりを見たところ、コンセプトの合意形成前は「料金」が選択に大きな影響を与えていたのに対して、合意形成後はコンセプトとそれに呼応した項目「娯楽」が結びついて選択がなされていく様子を数ヶ月程度でモデリングすることができました(図2)。
研究の成果と、今後の抱負をお願いします。
浜田 この実験をまとめた論文「多肢選択の場合の合意形成プロセスモデルの特徴」は、2019年に日本感性工学会の論文賞をいただきました。今後も研究を重ね、そのプロセスの特徴を分析・体系化することで、効果的な合意形成を促すためのコーチングやモデレートのしかたなど、コミュニケーションにおける価値創造につなげていきたいと考えています。
また、生体データを使った研究も模索しています。心拍数や呼吸数などのほかに、最近は光トポグラフィ(NIRS)によって脳活動の状況を測定することも可能になっています。コミュニケーションをとっているときの脳活動データを測り、それを BayoLinkS で解析すれば、被験者のコミュニケーションの特徴や傾向を解析できそうです。
庄司 合意形成に至るまでのコミュニケーションプロセスがモデリングでき、BayoLinkS に大変感謝しています。
人が物事を感じ取る働き、知覚、感受性、情動、価値観などはテキストや会話に現れるので、Text Mining Studio によるテキストマイニングにも興味を持っています。マイニング結果の共起ネットワークはモデリングの1つともいえ、構造化や見える化をするためのツールとしてとても魅力を感じています。さらに、NTTデータ数理システムが開発している他の分析ツールを活用すれば、統計解析の手法を容易に取り入れることができそうです。そうしたことにより感性工学の研究をさらに進展させ、ビジネスや生活における感性価値創造にいっそう取り組んでいきたいと考えています。
おわりに
今回は、大量のデータから依存関係を抽出し、わかりやすいインターフェースでベイジアンネットワークを構築するソフトウェア「BayoLinkS(ベイヨリンクエス)」を活用していただいた事例についてご紹介しました。ベイジアンネットワークを活用した課題解決や BayoLinkS について、少しでも興味をお持ちいただけたでしょうか?製品について詳しく知りたい方は、BayoLinkS のページをご覧ください。製品紹介のオンラインウェビナーも定期的に開催しております。
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