筑波大学 人文社会・ビジネス科学学術院 倉橋 節也 様 社会シミュレーションによる新型コロナウイルス感染予防策の研究事例

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シミュレーションのスケールを大きくできるほど、実相に近づける

2020年11月25日 10:00

新型コロナウイルス感染症に対し、どのような対策を組み合わせると最も効果的となるか。それを社会シミュレーションという学問領域から検証し、注目を集めている筑波大学人文社会・ビジネス科学学術院の倉橋節也教授。古くからの数理システムのユーザーであり、大学では S4 Simulation System(以下、S-Quattro)ユーザーでもある倉橋教授に、この社会シミュレーションについてうかがった。

Profile:筑波大学 倉橋 節也 教授
計測・制御システム関連の民間企業に勤務しながら大学で学ぶ。2002年筑波大学大学院経営・政策科学研究科企業科学専攻博士(システムズ・マネジメント)取得。2006年筑波大学へ転職し、ビジネス科学研究科助教授を経てビジネス科学研究群教授。研究分野は社会シミュレーション、経営情報分析、ゲーミング、進化的機械学習、異常診断など。

倉橋節也 教授
筑波大学 人文社会・ビジネス科学学術院 ビジネス科学研究群
倉橋 節也 教授

数理科学とプログラムで人間社会を表現し、予測する

社会シミュレーションとは、どのような学問でしょうか。

倉橋 社会シミュレーションは演繹の科学です。演繹とは現在の事象をもとに組み上げた理論からルールを発見して次の見通しを得る論法で、人やモノに関するデータを集めて分析し、状況をモデル化してその先を推論する、それが社会シミュレーションです。しかし社会の仕組みや人間の動きは複雑で、数理科学の数式だけではなかなかモデル化できません。そこで数式で表現できない部分をプログラム化します。プログラムはそのまま書き下していくと数式や関数に置きかえることができますから、複雑さを担保しつつ抽象度を高め、その中にあるルールを顕在化させることも可能となります。

実際の研究内容をご紹介いただけますか。

倉橋 私の研究で中国の科挙と家系をテーマにしたものがあります。科挙は6世紀後半から20世紀初期まで中国で行われてきた国家的な官僚の登用試験で、合格者を多く出している家系が中国にはいくつも存在しています。その中で、合格者の多い家系にはどのようなルールがあるのかを検証したものです。
まず家系図を集め、その中から合格者の多い家系を選び出し、系譜のひとりひとりに関して誕生から婚姻、子供、科挙の合否、職業などをデータ化しました。同時に、文化資本の継承に関しても調べています。文化資本とは社会科学の基本的な定理のひとつで、人の成功を決める要素である知識や教養などが、家系の中でどのように継承されているか、仮説を立てプログラミングしました。これらをもとにさまざまなシミュレーションを行い、特徴的なルールを見つけていったのです。その結果、文化資本の伝達は祖父が孫に直接伝えるのがベストで、父から子へ伝えるのに比べて約3倍伝わりやすいこと、合格者が多い家系には画家や詩人などの芸術家も多く、そういった芸術資本の継承も科挙合格と関係深いこと、また婚姻により他の家系から文化・芸術資本が流入することも大切であるといったことが分かりました。

新型コロナウイルス感染予防策の研究で活躍なさっていますね。

倉橋 感染症が社会にどのような影響を及ぼすか、2013年から研究していました。当時は西アフリカでエボラ出血熱が流行していて、それが日本にも入ってきたらどうなるかシミュレーションしてみました。その後、SARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)、ジカ熱(ジカウイルス感染症)、風疹など、毎年のように感染症が問題になるので、そのたびに感染モデルを改良してきました。そんな中、今年(2020年)は新型コロナウイルス感染症が研究対象となったわけです。
2月17日に中国の保健機関から今回の感染症に関するデータベースが公開されたので、その数値をもとに感染モデルに手を入れ、シミュレーションした結果を2月25日には論文「新型コロナウイルス(COVID-19)における感染予防策の推定」を発表しました。その後も、感染予防策とイベント開催の影響比較、ウイルス検査率と検査待機日数の影響比較、都市封鎖の効果推定などの論文を発表し、テレビなどのマスコミでも取り上げていただきました。
最新の論文は観光地における感染予防策の比較に関するシミュレーションで、実在する観光地の5分の1モデルを作り、観光関連スタッフへの感染を防ぐにはどの対策が効果的かを検証しました。感染者が観光客として毎日何人流入してくるか、それによって現地の観光関連スタッフが接触して何人感染し、軽症患者や重症患者はどのくらい発生するか。さらに飲食店の営業自粛やウイルス検査などの対策を行うことで、感染者をどのくらい抑制できるかを、パラメーターを変えながら検証しました。その結果、ウイルス検査と濃厚感染者との接触追跡スマートフォンアプリの利用が重症患者数の抑制に効果的で、ウイルス検査は5日間隔で行ったとき、アプリは追跡する人の率や追跡回数が多くなるほど良好な結果となっています。

感染予防策のシミュレーション例
一番左は観光客の流入を拒否した場合。左から2番目は、感染した観光客1名が週1回やってきて、観光地の予防対策がなしの場合。それに対して、観光関連スタッフの接触率低減やウイルス検査、接触追跡スマートフォンアプリの利用など、対策の組み合わせと実施状況で効果がどう変動するかを示している。

多様な社会も S-Quattro なら表現できる

今回の感染状況について、どのようにお考えですか。

倉橋 実は、感染症が広がるシミュレーションモデルは、森林火災が燃え広がるモデルと同じです。このモデルは同じパラメーターでシミュレーションしても、100回やれば100回違う結果になります。たまたま隣の木に火がついたのかそうでないのか偶然が作用しているためで、これはパーコレーションという数式で表すことができます。そのため100回シミュレーションしてその平均値を出したり、最悪の場合がどのくらいの確率で起きるのかも算出したりしています。
ですから、今回の日本の状況は“たまたま”の要素が大きいと思います。感染者も死亡者も海外より少ないので、日本の対策方法や日本人の体質にその理由を求める声がありますが、社会シミュレーションの知見では現状の結果は、手探りの感染予防策の中での数少ない良い結果が偶然出たとしか言いようがありません。ちょっとした状況の変化で、もっと悪い結果になった可能性もあります。

大学で S-Quattro をお使いですね。

倉橋 数理システムとの出会いは20年以上前、前の会社で統計解析ツールとして S-PLUS を使い始めたのが最初です。その後現職となり、在外研究でオランダに2009年から何回か行っているのですが、最近 AI が使われるようになったため、プログラム言語の主流が python に変わっていました。あちらの社会シミュレーションの研究者は文系出身が多いせいか、Java や ruby よりも取っつきやすい python を好みます。そこで私も python で動くシミュレーターを探したところ、馴染み深い数理システムから S-Quattro がリリースされていることを知り、大学にも導入してもらいました。離散シミュレーション用の関数が豊富で、また連続的にシミュレーションできるなど機能が豊富で便利なので学生の研究に使っています。より大きなスケールのシミュレーションが動かせる点も魅力です。都市動態をシミュレーションする際なども、スケールを大きくすることができればより実相に近づくことができます。また職業や人種などの種類や人数を増やすこともでき、社会の多様性を反映したモデルを作ることができます。それによってさまざまな人や社会状況、都市の将来を表現できるようになります。

今後、どのような研究をお考えですか。

倉橋 感染症の社会シミュレーションを始めたのは、エボラ出血熱の感染者の悲惨な状況を目にしたことが発端でした。今回の新型コロナウイルスでも、観光業や飲食業などで困っている方がたくさんいらっしゃいます。またテレビなどで不安や心配を抱えている方も多く見ます。私は、そういった社会の中の問題をすくい上げて、取りまく環境がどうしたら改善し、安心できるようになるか、その方策を見つけていきたい。感染症以外にも職場環境や子育てなど、問題は山積しています。それをいち早く見つけ、解決の道をスピーディに提示していきたいと考えています。

ご講演

感染症と社会シミュレーション(ユーザーコンファレンス2020)

2020年11月に開催した、数理システムユーザーコンファレンス2020でご講演いただきました。

新型コロナウィルスの感染シミュレーションモデルを構築し、時差通勤、テレワーク、商業施設での接触低減などの感染拡大を防ぐための施策の効果を検討した研究についてご紹介いただきました。

ご講演資料:感染症と社会シミュレーション(ユーザーコンファレンス2020)

感染症と社会シミュレーション(アカデミックコンファレンス2020)

2021年2月に開催した、数理システムアカデミックコンファレンス2020でご講演いただきました。

新型コロナウィルスの感染シミュレーションモデルを実際の複数の都市に適用し、観光客との接触低減、感染者流入リスク低減などの感染予防策の効果の推定を行った研究についてご講演いただきました。

ご講演資料:感染症と社会シミュレーション(アカデミックコンファレンス2020)

おわりに

今回は、誰でも簡単に複雑なモデルをGUI上で表現しシミュレーションを行なえる汎用シミュレーションシステム「S4 Simulation System」を活用していただいた事例についてご紹介しました。 シミュレーションを活用した課題解決や S4 について、少しでも興味をお持ちいただけたでしょうか?製品について詳しく知りたい方は、S4のページをご覧ください。製品紹介のオンラインウェビナーも定期的に開催しております。

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また、弊社NTTデータ数理システムでは、長年培ってきた数理科学の技術を基に、お客様のご要望に合わせた受託開発を承っております。「データはあるから何となく何かをやりたい…」というきっかけでも大丈夫です。お客様が解きたい課題を弊社技術スタッフが一緒に課題整理を行いながら、ご要望に合わせたご利用形態で課題解決をサポートします! ぜひお気軽にお問い合わせ、ご相談いただけると幸いです。

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