中央大学 理工学部 田口 東 様 人流シミュレーションによるオリンピック開催時の駅の混雑分析事例

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その優れた表現力がシミュレーションを進化させる

人流シミュレーションによるオリンピック開催時の駅の混雑分析事例

2021年4月21日 11:00

2020年東京オリンピック・パラリンピックが開催されると、その観戦客は首都圏の鉄道の混雑にどのような影響を与えるか。誰もが興味ある反面、計算が複雑で困難な予測を、中央大学の田口東教授は独自に開発した時空間ネットワークで精細に可視化した。マスコミなどからも大いに注目されたその研究成果を、同教授はS4 Simulation System(以下、S-Quattro)によりさらに進化させようとしている。

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Profile:田口 東 教授
1974年東京大学工学部卒業。三菱重工業株式会社技術本部高砂研究所、東京大学工学部助手、山梨大学工学部助教授等を経て、1992年中央大学理工学部教授。主な研究テーマとして「通勤電車の遅延計算モデル」「首都圏電車ネットワークに対する実時間利用者流動推計システム」「交通計画におけるオペレーションズ・リサーチの応用」等。日本都市計画学会、日本応用数理学会、日本オペレーションズ・リサーチ学会所属。
中央大学
理工学部 情報工学科
田口 東 教授

800万人の通勤客に65万人の観戦客が加わることによる影響を精細に可視化

オリンピック開催時の混雑状況を可視化するモデルを作られたそうですね。

田口 2020年東京オリンピックでは、私の試算では一日約65万人の観戦客が期間中に首都圏を移動することになります。首都圏では約800万人が鉄道を利用していてその大半が朝夕に集中する通勤客です。そこに観戦客が加わったときの状況をできるだけ具体的に表現したいと考え作ったモデルがこれです(図1)。首都圏の路線図にそこを走る電車とそれに乗る通勤客のデータを積み上げた時空間ネットワークです。JR や私鉄の時刻表にある約47,000本の電車ダイヤを約120万頂点・260万リンクのネットワークで表現し、乗客の時間依存の利用経路のデータ(大都市交通センサス報告書より)を加えたものです。このモデルでは路線を走る一本一本の混雑状況を色で表し、時々刻々の移動の状況をアニメーションで確認できます。ここに約65万人の観戦客のデータを乗せたところ、開催期間中の問題点が見えてきました。

どのような混雑が予想されるのでしょうか。

田口 鉄道路線全体の人の移動を俯瞰すると、オリンピック会場の最寄駅と都心の通常よく利用される乗換駅に関して、次のような問題が予想されます。

  1. 乗車率が200%の路線で利用客が1.5倍に

    通常の通勤客800万人に対し、観戦客は65万人ほどですからたいした影響はないと思ってしまいがちです。しかし、両者の移動が朝の通勤ラッシュのピークにあたる8時台にぶつかると、混雑が厳しくなることが予想されます。計算では、乗車率200%の電車で利用客が現状の1.5倍に増えることが予想されます。ただし、8時を中心とする朝の通勤ラッシュの鋭いピークは短く、それ以外の時間帯では乗車率に余裕があるので、お互いに移動の時間を少しずらせばこの混雑は緩和できるでしょう。

  2. 競技場最寄り駅ではピーク時に通常の約6倍の乗客が集まることも

    オリンピック会場へのアクセスに使う駅の混雑状況も集計してみました。会場が集中する臨海エリアのゆりかもめ線の台場駅を例に取ると、通常の利用客にオリンピック客が加わった際、もし競技の開始/終了時間に合わせて観戦客が同時に押し寄せると、ピークの乗客数は通常の6倍も集中する可能性が潜在的にあり(図2の赤の線)、駅や電車の機能が麻痺してしまうことが容易に想像されます。それに対して、近隣の別の駅を利用して分散してもらう、あるいは競技前から楽しめるイベントを開催するなどして、時間および駅・路線に関して観戦客が集中しないよう平準化の措置を行うケースも計算したところ、そのピーク(同、緑の線)がぐっと抑えられることが分かりました。

  3. 都心の乗換駅では乗客がピーク時に最大で40%増加する

    都内の大規模な乗換駅にも問題が発生することが予想されます。例えば有楽町線、半蔵門線、南北線が交差する東京メトロ・永田町駅では朝のラッシュの時間帯で、観戦客によりピーク値が最大で40%の増加が見込まれます(図3の赤の線)。現在でも駅の混雑は激しいので、これがきっかけとなって渋滞が発生しかねません。ホームや通路が混雑して移動しにくくなり、乗り換えに時間がかかるために混雑がさらにひどくなる、また、乗り降りに時間がかかってダイヤが乱れるといった現象が想定できます。これには主として通常の乗客の削減に努めること、合わせてオリンピック観戦客の「時差出勤」と経路の平準化が解決策となります。このモデルを使うことで、どの駅は、どの時間帯に、どれだけ混むのか、あるいは混まないのかが予測でき、それに基づいて課題の洗い出しやその対策などの論議に活用することができます。

S-Quattro の表現力で、人の流れをリアルに見せたい

今回、S-Quattro を導入された理由をお聞かせください。

田口 私の研究方針として、できるだけ詳細に具体的に人が流れているモデルを記述したい、という思いがあります。ネットワーク上の人の流れを、ネットワークフロー問題等の数理計算で時間ごとの人の流量が分かるようにすれば、例えば混雑緩和対策やファシリティの整備、警備の人員配置なども論議しやすくなります。ただし、それで分かるのはあくまで集約された流れとしてで、「人が動く」のを見ることはできません。S-Quattroに備わっているエージェントシミュレーション機能を使って個々人の動きをモデル化すれば、「人が動く」ところまでも可視化できると考え、導入しました。

S-Quattro でどのような研究をされる予定ですか。

田口 駅構内での人の移動状況を表現したいですね。ホームに降りた人のうち、何人程度が乗り換えでどのホームに向かい、あるいは改札を出るか、というデータはモデルで計算できます。それと駅の構造の地図情報を合わせて、人の動きを表現できればと思っています。混雑した中で人同士が交錯しながら動くと、お互いに反発し合ったり、あるいは同じ方向に流れができたりします。それは引力モデル(注:S-Quattro では Social Force Model 機能)といって、私も以前表現しようとしたのですが、なかなか納得いくものはできませんでした。S-Quattro のエージェントシミュレーション機能を活用すれば表現できると期待しています。まずは、永田町駅での人流を表現してみたいです。できれば S-Quattro でのシミュレーションと冒頭の時空間ネットワークをつなぎ、ネットワーク上を移動している人が、それぞれの駅構内をどのように流れていくのかをシームレスで追えるようにしたいと考えています。そうすれば、また新しい課題や気づきも生まれてくるでしょう。

今後、どのような研究を進めていきたいとお考えですか。

田口 高知県を対象として、住民が移動するために、最低限どれくらいの公共交通機関が必要となるかというシミュレーションも行っています。高齢化・過疎化が進む地方の公共交通問題のあり方を考える研究です。高知県の中にいる人を地図の上に住まわせ、生活パターンを表現する一定のルールに従って動かす。そのとき、電車やバスなどの公共交通機関と個々の移動を担うシステムがどのように役割を分担して移動を支えるかというモデルを作っています。それを作ることで、どの地域にどんな交通機関が足りないか、列車やバスのダイヤをどう設定すべきかが明らかになってくるはずで、それをもとに議論をしたいと思っています。その際にも、S-Quattro の機能や表現力に期待しています。

ご講演

数理計画法とシミュレーションで考える首都圏電車の混雑 -2020 東京オリンピック開催時,どうなる-

2019年11月に開催した、数理システムユーザーコンファレンス2019でご講演いただきました。

東京オリンピック開催期間中の鉄道の混雑状況のシミュレーションモデルを構築し、課題の可視化・定量的評価を行った事例をご紹介いただきました。

ご講演資料:
数理計画法とシミュレーションで考える首都圏電車の混雑 -2020 東京オリンピック開催時,どうなる-

おわりに

今回は、誰でも簡単に複雑なモデルをGUI上で表現しシミュレーションを行なえる汎用シミュレーションシステム「S4 Simulation System」を活用していただく事例についてご紹介しました。 シミュレーションを活用した課題解決や S4 について、少しでも興味をお持ちいただけたでしょうか?製品について詳しく知りたい方は、S4 のページをご覧ください。製品紹介のオンラインウェビナーも定期的に開催しております。

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監修:株式会社NTTデータ数理システム 機械学習、統計解析、数理計画、シミュレーションなどの数理科学を 背景とした技術を活用し、業種・テーマを問わず幅広く仕事をしています。
http://www.msi.co.jp NTTデータ数理システムができること
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